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05| 家具についてデザイナーと家具メーカーが語ること。
2024.02.28
- 特集
ホテルの空間美と快適性を保つためのエッセンス、家具。「ITOMACHI HOTEL 0(ゼロ)」の家具は、色・デザイン・使い心地に徹底的にこだわり、さらに遊び心やサスティナブルな視点も取り入れています。インテリア・ランドスケープデザインを手がけた「Dugout Architects(ダグアウト アーキテクツ)」がデザインを担当。特注家具会社「seventh-code(セブンスコード)」と共に築きあげた家具について、ダグアウトの代表・渡瀬育馬さんと内海大空さんとセブンスコードの伊藤和幸さんの三人に話を訊きました。
空間に一番ふさわしいか、素材を選ぶ理由、まで突き詰める。
デスク、テーブル、ソファ、チェアをはじめ、客室ごと、滞在シーンごとに素材や形が繊細に変化するITOMACHI HOTEL 0の家具。イスひとつとってもいろんな種類があるのが特徴です。空間に一番ふさわしいものをつくりたい。そんな思いからさまざまなバリエーションが生まれました。
渡瀬「場所によって少しずつ過ごし方や滞在時間が違います。その時の気分やシチュエーションで選べる場所があった方が、ホテルで過ごす時間がより豊かになるのではないかと。例えば、RECEPTION CAFEのチェアでいうと、滞在空間を窓際、吹抜の下、奥まりの囲われた席など細かく分け、そこで過ごす時間や目的のちがい、その状況に適した座面高さや奥行きを追及していったため、必然的にものすごい種類の家具ができました(笑)」
伊藤「ダグアウトさんから渡された家具の資料を見た時、デザインにかなりこだわっている印象を受けました。正直『こんなにも種類が多いのか』と思うほど。部屋ごとに全部測って部屋に合わせて家具を作っていきました。僕らが一番大事にしているのは、デザイナーさんがつくろうとしている世界観を損なうことなく形にすること。実現するのは大変でしたがダグアウトさんの考えやこだわりに必死についていきました」
▲洗練されながら快適性を備えた客室の家具。やさしい色味にも落ち着く(©︎Yoshiro Masuda)
渡瀬「ガラス、鉄、石、木といった素材にもその空間で使う理由があります。例えばRECEPTION CAFEの窓際のテーブルをガラスの天板にしたのは、エントランスからこの空間見た時、窓の外の植栽と木漏れ日が反射して移ろいのある水っぽい雰囲気を醸すことで、少しつやのある印象にしたいと考えたからです。そんなふうに細かく考えているから打ち合わせも相当、時間がかかりました。何度も重ねた打ち合わせはいつも午前10時から始めて気づけば午後10時過ぎ。僕らのやりたいことに付き合ってくれた伊藤さんは大変だったと思います」
伊藤「座面やテーブルの高さもいろいろ考慮しました。弊社の事務所で、ダグアウトさんと一緒に既存のテーブルに本を重ねて高さを調整したり、実際に座ってみてくつろぐならもうちょっと低い方がいいんじゃないかと検討したり、その空間でどう滞在するか、どう過ごしてほしいかを考えて座面やテーブルの高さなどを設定していきました」
そうして素材、デザイン、機能を一つひとつ丁寧に吟味し、積み上がっていった家具の製作図は、束ねると約10センチの厚みにもなります。
▲窓際に寄せる設計で作った3人席の丸テーブル。脚の形は座ったときの機能性、目線など細かく配慮されている
洋服掛けや間仕切りにまでこだわって製作し、空間の調和を表現するITOMACHI HOTEL 0。客室に入ると目に飛び込んでくる洗面台は、“作品”とも呼べる緻密な美しさをまとっています。ホテルがある西条市ならではの「うちぬき」を室内でも体感できたらというデザイナーの思考を、セブンスコードの知識と造形力が形にしました。
伊藤「洗面はシームレスで作りたいというダグアウトさんの強いこだわりがあったので、天板一枚がR形状でつながった卵型の洗面をプレス成型にしました。通常は天板に穴を開けて、その下にボウル型のものをくっつけて仕上げるのですが、そうすると天板とボールの間にきれ目が入ってしまうんです。プレスの熱に耐えられる素材を選び、その上でなめらかに水が流れるか、とか水栓と洗面の位置の関係性とかも、実物の水栓を借りて1タイプずつ決めていきました。大変な作業でしたが、仕上がった洗面台を見たときは感動しました」
▲Dugout Architectsの渡瀬育馬さんと内海大空さん(©︎山山写真館)
▲seventh-codeの皆さん。写真左が伊藤和幸さん(©︎山山写真館)
▲客室内にある洗面ボウル一体成形のカウンターテーブル
ITOMACHI HOTEL 0の家具づくりの象徴、レセプションカウンター。
新しい試みから生まれた家具は、空間になじみながらも存在感を放ちます。中でも象徴的なものがRECEPTION CAFEのビッグカウンター。ダグアウトが究極の“再生材”と考えた「伊予青石」を使い、関わる人たちの“手垢”を残したカウンターはITOMACHI HOTEL 0の家具づくりの真骨頂。デザイナーも職人も数ある家具の中で「一番思い入れがあるもの」と口を揃えます。
渡瀬「ゲストが訪れた時に『この模様は何?』って関心を持つことからホテルの体験をスタートしてもらいたくて、このホテルを象徴するマテリアルである伊予青石をカウンターに埋めました。ここは“滞在のはじまりの場所”。できるだけ触ってみたくなることを意識して作りました。あまり手作り感を出しすぎるのも良くないけれど、左官職人さんの技に助けられながら僕らのちょっとした手垢も残るような、そういうものにしたいなと考えました」
内海「1月の冬場、雨が降る極寒のなか、凍えながら敷地中の石を拾いました。カウンターに埋めるにあたって形と色にこだわりがあったので、1000個単位で拾い集めて選別しました。伊予青石は埋め戻しの土にも混ざっているので、実は中庭の芝生の下なんかも掘り返せばたくさん出てきます。カウンターにこの石をあしらうことで、遠方から訪れたゲストの方には西条の天然資源の美しさを新しく知ってもらい、地元の方には西条の潜在的な魅力を再確認してもらいたいと考えました」
伊藤「カウンター製造工程の中で、はじめの2日間が勝負でした。石を貼って左官材を塗っていって、きれいに研ぎ出して。固まる前に石を配置していかなければならず、約2日間渡瀬さんと内海さんには現場につきっきりで石をレイアウトして頂きました。苦労の甲斐があり、とてもいいものができたと満足しています。ぜひこのカウンターを見に来ていただきたいですね」
▲制作途中のセレプションカウンター。左官材を塗る前に、ダグアウトのふたりが手作業で伊予青石を配置(写真提供/伊藤和幸さん)
▲完成したレセプションカウンター。関わった人たちの思いが詰まった妥協のない一品(©︎Yoshiro Masuda)
新しい素材、使い方で再生材の可能性を追求する。
日本初のゼロエネルギーホテルとして注目を集めるITOMACHI HOTEL 0。環境に配慮したホテルの姿勢は、家具でも表現されています。それが、再生材の活用です。テーブルの天板、イスの張地、カウンターの装飾をはじめ、あちこちに再生材を起用。ITOMACHI HOTEL 0の家具づくりは、まだ国内ではあまり見掛けない再生材を扱い、使い方にもチャレンジすることで、再生材の新たな可能性を見出していったのです。
渡瀬「サスティナブルな資材を使うことは当初からのテーマでした。そこで僕らは、ホテルとして、ゼロエネルギーや環境配慮に取り組むだけではなく、目に見える形でデザインに落とし込むことが大切だと考えました。例えば、廃蛍光灯のリサイクルガラスを屋外ベンチにしたり、繊維製品の規格外品をアップサイクルした板材をアートワークに使ったり、再生材を散りばめることでホテルとしての配慮を可視化しました。実は、再生材を使うのはコストも手間もかかるので、他の現場ではやりたくてもなかなか難しいのが現実です。それでも、僕らの提案に対して事業主であるアドバンテックさんが『そういうことなら全部サスティナブルでやりたい』と評価してくれていたため、その空間の印象に残る部分にできるだけ再生材を使っていこうと工夫しました」
伊藤「ダグアウトさんが選んだ再生材は、ほとんどが僕も初めて扱うものでした。まずは希望の再生材が果たして家具として使って問題ないものかを確認するために、サンプルを取り寄せたりメーカーに確認したりして、小さめのサンプル家具を作り、一つ一つ検証を重ねていきました」
内海「例えば、採用したものの一つに海洋汚染問題となっている漁網ゴミを使った再生ナイロン素材があります。欧州ではこうした自然分解されない素材などのリサイクルをかなり実践しているようで、今回はこの漁網ゴミからできた布をイスやクッションの張り地として採用しました。再生材をどう取り入れていくか。日本ではあまり前例がないので、まず使えそうな再生材を見つけるために、海外メーカーが出展する建材展示会をめぐったり、国内メーカーの方にヒアリングしたりと、足を使って地道に探し回りました」
▲日本初の起用となった「Tarkett」の木質由来の再生可能な非可食バイオマスを使用した再生塩ビシート。通常は床で使うものだが、強度を確認した上でCOWORKING & KITCHENや客室のテーブルの天板に採用した(©︎Yoshiro Masuda)
▲デニムの端材を生かしたテーブルの天板。ブルーが部屋全体のアクセントにもなっている
ダグアウトとセブンスコードの、両者のものづくりへの徹底したこだわりと情熱がディテールまで染み込んだITOMACHI HOTEL 0の家具。使い心地を味わうのはもちろん、じっくりホテル内をめぐりながら、お気に入りのものを見つける。そんなたのしみ方ができるのも、このホテルならではなのかもしれません。
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ハタノエリ
1978年宮崎県生まれ。全国10都市に暮らしたのち、愛媛が気に入り移住。
現在、愛媛県松山市のデザイン会社「株式会社ERIMAKI」取締役。ディレクター、ライターとして県内外で活動。