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0からめぐる、ホテルのたのしみ
05| 照明デザイナーが語ること。

2024.03.25

  • 特集
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日常の明かりとは趣がちがう、非日常を演出するホテルの明かり。時間と共に移ろいだり、リラックスできるように工夫されたり、空間をより魅力的に映し出したりとホテルの滞在を快適に、豊かにする重要な役割を担っています。ゼロエネルギーホテルを実現するために、消費電力を抑えつつ、非日常を堪能する明かりを設計した照明デザイン会社「spangle(スパンコール)」の代表・村角千亜希さんとニノ倉絵里さんに照明の考え方や設計の苦労話などを訊きました。

空間をひとつにまとめる、照明の大切な役割。


美しいもの、見てほしいものにしっかりと光をあてながら、その空間で過ごすために必要な明るさを出す。建築、インテリア、家具、アート。空間をつくるすべての要素をどうまとめ、ゲストに見せるか。照明は空間を仕上げる大事な“演出”のひとつです。スパンコールの村角千亜希さんとニノ倉絵里さんはまず、ITOMACHI HOTEL0をつくる人たちから念入りに話を訊くことから始めました。

村角「建物内を彩るインテリアもアートも、中庭を含むランドスケープも、まずはそれぞれをデザインする皆さんから、どんな意図で何を大切にしてつくっているかをしっかりヒアリングしました。特にインテリアを担当したDugout Architects(ダグアウト アーキテクツ)さんとは、どの場所にどのマテリアルを使うかを共有し、その壁の色味に合うような色温度の明かりにする、壁面のテクスチャーを生かすために間接照明で壁を明かりで浮かびあがらせるといったように、ゲストから見える景色を一緒に考えていきました。そうやって、空間を構成するそれぞれの“世界観”をひとつにまとめられるように照明をデザインしていきました」

▲壁のテクスチャーを引き立たせつつ、部屋全体を明るく感じさせる間接照明

ゼロエネルギーを実現するための、1ワットの戦い。


ホテル、住宅、公園など、全国各地のいろんなロケーションで照明デザインを描いてきたスパンコール。今回最も心を砕いたのが「いかに消費電力を抑えられるか」という難題だったといいます。

村角「照明デザインは、電力を使って表現する仕事です。照明をあまり華美にしないようにとは普段から考えているので、ITOMACHI HOTEL0のゼロエネルギーの取り組みにとても共感する部分がありました。ZEB(※)認証を考慮した最小限の明かりを設計するとなると、例えば『ダウンライトをあと1ワットずつ下げたらなんとかいけそう』というような、緻密な計算と根気のいる器具選びが必要でした。

低いワット数を達成するためにはLEDの代わりはありません。ただ、LEDは同じ色温度でもメーカーごとにちょっとずつ色味が違うんです。照明器具を一つ変更すると、別の器具も同じメーカーに変更しないといけません。ほんのちょっとの違いなので気にしなければいいのですが、やはり同じLEDの素子で統一した方が美しい。われわれにとっても消費電力の制約を課されたのは初めての経験で、難解なパズルに挑んでいるようでした」

ニノ倉「消費電力と照明器具との調整は本当に大変でした。普段であれば、客室を美しく居心地よくまとめ上げる照明の提案をすればいいのですが、そこに消費電力の制限がかかるので、なるべく高効率で発光する器具を探さなければいけませんでした。もともとスパンコールは照明をできるだけミニマムにする発想だったのですが、このホテルに関わってからさらにその考えに拍車がかかりましたね(笑)」
※ZEBとは (https://www.env.go.jp/earth/zeb/about/index.html)

▲spangle(スパンコール)」代表・村角千亜希さん(左)とニノ倉絵里さん

▲レセプション棟の間接照明は「小型高効率LEDライン照明」を採用し消費電力を抑えた

見どころは「ブルーモーメント」。時間と共に変化する明かり。


空間と時間で変わる、ゲストの過ごし方。ITOMACHI HOTEL0では間接光と直接光、調光、器具の位置などで空間を表現し、そのシーンにふさわしい明かりを設定しています。日が暮れかける頃から明かりがさらに活き、空間の美しさをめでる照明を堪能できます。

村角「明かりが一番きれいに見えるのは夕暮れの時間帯。空がきれいにブルーに染まる時間です。日没前の時間は自然光と照明の光とのいいところ取りで、本当に美しいです。われわれが『ブルーモーメント』と呼んでいるその時を大事にしたいから、日没の1時間前ぐらいからランドスケープの明かりを点灯させ、夕暮れ時の空と庭のライトアップを一緒に楽しんでもらうように設計しています。日が暮れていくのに合わせて、明かりが次第に灯っていくのをゆっくり鑑賞してもらった後は、夕食が終わる20時あたりからほんのり柔らかい明かりに照度を下げます。22時ぐらいになるとほの暗いくらいの“常夜灯モード”に切り替わっていきます」

▲日没の1時間前ほど前を写す中庭の風景

「地域に貢献したい」という事業主の思いから、まちづくりプロジェクト「いとまち」、そしてITOMACHI HOTEL 0は始まりました。そんな思いを実現すべく、ゼロエネルギーともう一つ、スパンコールにとっても初の試みに取り組みました。それが、地域が災害といった非常事態に陥ったとき、このホテルに地域の人たちが集まって安心して過ごす場所になるために、常夜灯モードを設定していることです。

村角「常夜灯モードは過ごすための最小限の明かりです。今回、最初からイメージにあったのがこの常夜灯モードです。有事の時に常夜灯モードを点灯すれば、その最低限の明かりで過ごしてもらうことができるように設計しています。いろんなホテルを手がけてきましたが、防災の時まで想定している照明になっているのはとても貴重な取組みだと思います」

暗さを恐れずに表現することで、明かりの美しさを伝える。


“暗闇に同化することから、始まっていく” “自然の闇と光に豊かさの源泉を見つけ、控えめな人工光を添えるミニマムな美しさに叶うものはない”――。これは、スパンコールのWEBサイトに記載されている言葉です。おふたりの照明デザインへのアプローチは、ゼロエネルギーを実践するITOMACHI HOTEL0が求める光の姿と重なります。

村角「利用者に『暗い』と言われることがクレームと受け止めるような世の中にあって、空間を明るめに設定しがちです。でも、“暗さの中の美しさってたくさんあるんだよ”というメッセージを私は照明から届けたいと思っています。谷崎潤一郎氏の代表作『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』では、日本の伝統美が陰翳(共に、日の光が当たらないところの意)の美しさから成り立っていることを論じているように、日本古来、闇の中でろうそくを灯して、リフレクション(日常から一旦離れて自分を振り返ること)するといった特殊な明かりの文化が培われてきました。闇を美しいとめでる心を持って明かりを考え、捉え、感じていくのはとてもすてき。

料理に置き換えると、どんなに素材が良かったとしても、いろんな調味料を入れすぎたら料理で何を伝えたいのかが分からなくなります。でも薄味だと素材の良さも伝わるし、繊細な部分も全部分かるじゃないですか。明かりも一緒で、どこもかしこも明るくしてしまったらその中に見せたいポイントがあったとしても、何を見せたかったのか分からなくなる。伝えたいものをしっかり届けるためには、最小限の明かりを灯すことが大事ですそのためには何もない暗い状態から少しずつ明かりを灯していくという発想で照明をデザインしています」

ニノ倉「ITOMACHI HOTEL0に宿泊した時、食事と入浴を終えた夜、部屋でお酒を飲むために光をかなり絞りました。わずかな明かりだけでお酒を飲んだり語らったりしてゆっくり過ごすのもおすすめです。ゲストの皆さんそれぞれが楽しめる照明の設備は整っているので、ぜひ自由に楽しんでほしいですね」



照明をデザインする人、空間をつくりあげる人たちすべてが共鳴することで、照明の表現が研ぎ澄まされていったITOMACHI HOTEL0の照明デザイン。時間の経過と照明の変化、暗を照らす光のはかなさ、心をほどく影響力などといった照明のポテンシャル、そして明かりを灯すために必要なエネルギーは有限であり大切に使っていく意識を持つ大切さに気づかせてくれる空間になっています。滞在を終えた後も、明かりとの向き合い方を考えさせられるような、学びと心地よさの余韻をぜひ感じてみてくださいね。

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ハタノエリ

1978年宮崎県生まれ。全国10都市に暮らしたのち、愛媛が気に入り移住。
現在、愛媛県松山市のデザイン会社「株式会社ERIMAKI」取締役。ディレクター、ライターとして県内外で活動。

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