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01 | 建築家が、語ること。
2023.07.07
- 特集
2023年5月27日、新しいにぎわいを生みだす愛媛県西条市の「いとまち」に、「ITOMACHI HOTEL 0(ゼロ)」が誕生しました。2017年、ゼロから始まったまちづくりプロジェクトをさらに加速させるシンボリックな空間は、「いとまち」全体のマスタープランを描いた隈研吾さんが主宰する、「隈研吾建築都市設計事務所」が建築設計を担当。そこで今回は、隈研吾さんとともにマスタープランづくりから携わった建築家・齊川拓未さんに、ITOMACHI HOTEL 0や「いとまち」に込められた想いを伺いました。
いとまちの“建築の要”にこめられた、設計の意図。
西条にゆたかな恵みをもたらす、西日本最大級の「石鎚(いしづち)山」。その山を表現した大屋根に守られる「ITOMACHI HOTEL 0」は、2階建ての“RECEPTION CAFE棟”・“HOTEL棟”と1階建ての離れ“VILLA棟”からなります。
「この大屋根は、うちぬきひろばから見ると、石鎚山と大屋根の凸凹がリンクしていて、風景に溶け込むようなデザインにしています。当初はHOTEL棟の屋根だけに太陽光パネルを設置する予定でしたが、大屋根全体に乗せる計画に変更したことでゼロエネルギーホテルが可能になりました」
▲連なる山の、奥にそびえるのが標高1980メートルの石鎚山
▲大屋根の軒裏の仕上げ材には、愛媛のヒノキを採用
ITOMACHI HOTEL 0の最大の特徴は、それぞれの棟が中庭を囲む設計になっていること。一面に芝生や緑が育つ中庭の存在が、ホテルのどの場所にいても、風や草木といった自然をそばに感じ、視覚的にも場所的にも気持ちよさとおおらかさをもたらしています。
▲中庭から望むITOMACHI HOTEL 0。全体を3つの棟に分けることで、利用者は行き来するたび、“外”の時間ができる © Yoshiro Masuda
「少しでも”外”との関わりを持てるようなホテルにしたいという狙いがありました。『いとまち』のコンセプトの一つに緑を取り込んだ環境、簡単にいうと公園のようなまちづくりがありました。なので、ホテルの設計でもそのことを考慮していました。大屋根の下に中庭とつながる屋外空間(うちぬきひろば)がある、というのは最初の頃から隈さんと何度もスタディしたところです。隈さんは『原っぱ』と表現していて、自由な使い方ができる場所をイメージしています。なんとなく気持ちよさそうだから、座って本を読むとか、仕事をするとか、お酒を飲むとか、思い思いに過ごしてもらえたらいいですね。イベントをやって人が集まることももちろん良いですけど、自然発生的に人がいて、くつろいでいる風景が目標ではないかと思っています」
▲現場で打ち合わせする齊川さん(左)と隈さん
中庭に人が集まる。自然発生的に生まれるシーンに期待する。
隈さんの言う「原っぱ」は、いとまちマルシェの前にも。子ども連れの家族が水辺で遊んだり、マルシェで買ったものを食べたりと、まるで海外の広場のように自由気ままに過ごす光景が、いとまちの日常です。
「子どもたちが自由に遊んでいるのを見ると、とてもいい雰囲気だなと感じます。中庭があって、人が集まる環境ができ、それをサポートするようにマルシェやホテルといった建物がある。そういう場所に人が集まって、楽しく滞在していたら、『いとまち』としての雰囲気がさらによくなっていくと思います」
人が集まる。ただ、集まればいいというのではなく、どこに集まるかが大事だと、齊川さんは言います。それは、齊川さん自身が新潟県上越市という地方出身ゆえ、深く感じるところかもしれません。
「僕が生まれ育った上越市は、西条市と人口規模がそこまで変わらなくて、人がたくさん集まる場所といえば大型ショッピングモールです。それは西条市も同じのようです。『せっかくなら、ショッピングモールに代わる場所を』という想いでできたのが『いとまち』です。地方都市にできるショッピングモールは、基本的には閉じた大きな箱で、まちとのつながりがなく完結しています。建物の中にも外にも人が集まる場所ができたら、人口が減少していく地方都市で、魅力あるまちづくりが可能となり、人が住むきっかけになるのではないかと考えました。人が行ったり来たりして交流を続けることで、施設も成長していくでしょうし、まちとしても成長していくのではないでしょうか」
▲「いとまちマルシェ」の中庭。奥の建物がマルシェ
バリエーションがたくさん。だから、何度利用してもちがう楽しさがある。
西条の未来のカギを握る「いとまち」にできたITOMACHI HOTEL 0は、2階建てのHOTEL棟には50の客室を、VILLA棟には7つの客室を備えています。HOTEL棟は、意表をつかれるほど長く伸びた廊下も特徴的。客室は明るく、自宅のリビングにいるようなくつろぎとホテル固有の非日常さを両立させています。HOTEL棟からRECEPTION CAFE棟をはさんで立つVILLA棟は、HOTEL棟とはがらりと趣向を変え、ホテルと旅館の離れのあいだのような上質なゆとりある客室に仕上がっています。
「HOTEL棟は、全体の客室数に対してプランのバリエーションが多く、VILLA棟も部屋ごとに少しずつ建物形状を変えて設計しています。訪れるたびにさまざまなタイプの部屋に泊まる楽しみがあるのがこのホテルの特徴です」
▲いろんなタイプがあるHOTEL棟の、客室の一室。開放感のあるガラス窓が特徴的
© Yoshiro Masuda
▲VILLA棟の客室。客室番号「007」は和風の建物のモジュールに近く、入口付近は天井が高く、広がりのある空間に。 © Yoshiro Masuda
いろんな目的で、いろんな楽しみ方で。みんなで場をつくる。
完成したホテルを目の当たりにした隈さん自身、「自然との付きあい方、中庭を含む屋外の空間、それぞれの部屋、環境に配慮した空調システム、どれをとっても、さりげなく、新しい」とこのホテルの魅力を語っています。
「隈さんがかなり自由に思い描いてできあがったホテルです。その設計には、運営する人たちのアイデアで、いろいろな“コト”を生んでもらって、ここにしかない空間をつくってほしいという願いも込められています。ぜひ何度も利用して、いろんな楽しみ方を体験してほしいですね」
ITOMACHI HOTEL0がめざすのは、西条の風土をたっぷり感じ、外との関わりを楽しむ、ホテルという概念を変える西条型ステイともいえる”まち泊”。客室やカフェに加えて、キッチンを併設したコワーキングスペースやスタジオも備えたこの空間で、いとまちに関わる人たちのエリアも目的もどんどん広げ、あたらしいホテルのあり方、西条の旅の可能性を探求していきます。
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執筆:ハタノエリ
1978年宮崎県生まれ。全国10都市に暮らしたのち、愛媛が気に入り移住。
現在、愛媛県松山市のデザイン会社「株式会社ERIMAKI」取締役。ディレクター、ライターとして県内外で活動。